観光立国という言葉は、ここ十数年ですっかり聞き慣れたものになりました。空港に降り立てば多言語の案内が並び、京都の街を歩けば世界中の言葉が飛び交います。私たちAZOO(プロダクトブランド名は WASIMIL)は、その京都・下京区の京町家をリノベーションしたオフィスを拠点に、ホテル・宿泊施設向けの管理 SaaS(クラウドで提供する業務ソフトウェア)をつくっています。
この記事は、宿泊業という市場がいま何に直面しているのか、そしてそこにソフトウェアで挑むことにどんな社会的な意味があるのかを、できるだけ等身大に書いたものです。とくに「自分のキャリアを賭ける領域は、挑戦が枯れない場所であってほしい」「世の中の人が楽しく働くことに貢献したい」——そんな軸を持つ方に読んでいただけたら嬉しいと思っています。華やかな数字で煽るのではなく、現場で何が起きていて、私たちがそこに何を見ているのかをお伝えします。
インバウンドは伸びる、でも現場は追いついていない
まず、いま宿泊業を取り巻く市場の構図を整理させてください。訪日外国人観光客、いわゆるインバウンドは、長い目で見れば増加傾向にあります。為替の動向や国際情勢で一時的な波はあっても、「日本を訪れたい」という世界からの需要そのものは厚みを増している——これは旅行や観光の現場にいる人なら肌で感じている公知の傾向です。政府も観光を成長産業の柱のひとつに位置づけ、地方への誘客や滞在の長期化を後押ししています。
ところが、需要が伸びる一方で、それを受け止める現場は必ずしも追いついていません。宿泊業は構造的に人手に依存する産業です。チェックイン・チェックアウト、客室清掃の手配、予約の管理、問い合わせ対応、そして近年は多言語でのコミュニケーション——これらの多くが、いまだに紙の台帳やバラバラのツール、ベテランスタッフの記憶と勘で回っている施設は少なくありません。
つまり、需要(インバウンド)は伸びているのに、供給側のオペレーション(運営の仕組み)は旧来のまま、というギャップが広がっているのです。せっかく世界中からお客様が来てくれても、現場が疲弊していては、良いおもてなしは続きません。私たちはこのギャップこそが、ソフトウェアで解くべき本質的な課題だと考えています。
なぜ宿泊業はDXが遅れたのか
「では、なぜ宿泊業のDX(デジタルトランスフォーメーション=デジタル技術による業務・事業の変革)はここまで遅れたのか」——この問いは、私たちが事業を考えるうえで何度も立ち返るものです。理由は一つではありません。
ひとつは、業務が極めて多岐にわたり、しかも施設ごとに事情が違うことです。大型のシティホテル、地方の小さな旅館、町家を一棟貸しする宿、ゲストハウス——同じ「宿泊業」でも、オペレーションの形はまるで違います。汎用的な業務ソフトでは細部が合わず、かといって個別開発はコストが見合わない。この「帯に短したすきに長し」の状態が、デジタル化を阻んできました。
もうひとつは、現場が常に忙しいことです。日々お客様を迎えながら、新しいシステムを学び、移行する余裕を持つのは簡単ではありません。導入のハードルが高ければ高いほど、「今のやり方でなんとか回っているから」と現状維持が選ばれがちです。
- 施設ごとに業務フローが大きく異なり、汎用ツールが馴染まない
- 繁忙のなかでシステム移行に割ける時間・人手が乏しい
- 複数の予約サイトや既存ツールが分断され、情報が一元化されていない
- ITに明るい担当者が社内にいない中小規模の施設も多い
課題が複雑で、誰も決定打を出せていない。だからこそ、まだ挑戦が枯れていない。私たちはこの未成熟さを、ネガティブではなくチャンスとして受け止めています。
バーティカルSaaSという解き方
こうした課題に対して、私たちが選んだアプローチが「バーティカルSaaS」です。バーティカル(vertical=垂直、特定の業界に特化した)SaaSとは、あらゆる業種に広く使われる汎用ソフトではなく、ひとつの業界の業務に深く入り込んで設計されたソフトウェアのことを指します。会計や勤怠のように業種を問わず使われるものを「ホリゾンタル(水平)SaaS」と呼ぶのに対し、私たちは宿泊業という縦の領域に絞って深く掘る道を選びました。
なぜ特化するのか。それは、宿泊業の課題が「浅く広く」ではなく「狭く深く」存在しているからです。前章で述べたように、施設ごとに業務の形が違い、汎用ツールでは細部が合いません。だからこそ、宿泊業のオペレーションそのものを理解し、フロント業務・予約・運営の流れに沿った形でソフトウェアを設計する必要があります。業界の言葉、業界の手順、業界特有の例外処理——それらを織り込めるのは、その業界に腰を据えたプロダクトだけです。
バーティカルSaaSのもうひとつの強みは、一度現場に深く食い込めば、その業務知識そのものが積み上がっていくことです。お客様の現場で学んだことが次のプロダクト改善になり、それがまた次のお客様の役に立つ。業界に固有のノウハウが資産になっていく構造は、事業としての面白さでもあり、社会への貢献の積み重ねでもあります。私たちは、宿泊業という一点を深く掘ることで、観光という大きな産業の足元を支えたいと考えています。
「データ×AI」で現場をどう変えるのか
タイトルに掲げた「データ×AI」は、単なる流行り言葉ではありません。宿泊業の現場が抱える本質的な問題のひとつは、情報が分断され、活かされていないことにあります。予約は予約サイトに、顧客情報は別の台帳に、当日のオペレーションは個々のスタッフの頭の中に——こうしてバラバラになった情報は、つなげて初めて意味のある「データ」になります。
私たちがまず取り組むのは、この分断された情報を一つの場所に集め、整えることです。予約から問い合わせ、運営の記録までを一元化できれば、現場は「探す・転記する・確認する」という見えない手間から解放されます。地味ですが、ここを整えることが、すべての出発点です。
そのうえで、整ったデータは AI を活かす土台になります。たとえば多言語の問い合わせ対応を支援する、繰り返し発生する定型業務を自動化する、過去の傾向から運営の判断を助ける——AI が本当に役立つのは、こうした「人がやらなくてもよい作業」を引き受け、人が「人にしかできないおもてなし」に集中できるようにする場面です。私たちは AI を、人を置き換えるためではなく、人の時間を取り戻すために使いたいと考えています。
技術的には、Next.js(App Router)と TypeScript、Tailwind CSS によるフロントエンド、Supabase(PostgreSQL / 認証 / ストレージ / Edge Functions)をバックエンドに据え、Vercel でデプロイするモダンな構成で開発しています。新しい技術を取り入れやすい身軽さは、少数精鋭のスタートアップである私たちの強みのひとつです。
「楽しく働く」を、つくる側からも届ける側からも
この記事を読んでくださっている方の中には、「世の中の人が楽しく働くことに貢献したい」という価値観を大切にしている方がいるかもしれません。私たちが宿泊業のソフトウェアをつくる動機の根っこも、実はそこにあります。
宿泊業の現場で働く人たちは、本来とても創造的な仕事をしています。お客様を迎え、その土地ならではの体験を届け、思い出に残る時間をつくる——これは機械には代わりのできない価値です。けれど、その担い手が、紙の転記や二重入力、深夜のシフト調整といった「本質的でない作業」に追われ、すり減ってしまっているとしたら、それはとてももったいないことです。
私たちは、ソフトウェアで現場の負荷を減らすことが、そこで働く人たちが楽しく、誇りを持って働ける環境につながると信じています。お客様(宿泊施設)の従業員が楽しく働けるようになり、その結果として旅をする人々がより良い体験を得る。この連鎖こそ、私たちの仕事の社会的意義です。
そして同じことを、私たち自身のチームにも問い続けています。AZOO は職種・国籍を越えて協働するチームで、京町家のオフィスでは日本語と英語が日常的に飛び交い、海外在住のメンバーも時差を活かしながら一緒に働いています。失敗や学びをオープンに共有し、経営陣との距離も近い。つくる側の私たちが楽しく働けていなければ、現場に「楽しく働く」を届けることはできない——そう考えています。
挑戦が枯れない領域とは、どういう意味か
企業を選ぶとき、「この領域は、挑戦が枯れないか」を軸にする方がいます。私たちはこの問いをとても誠実なものだと思います。なぜなら、課題が小さく、答えがすでに出ている市場では、どれだけ優秀な人が集まっても、できることは限られるからです。
その点で、宿泊業のDXは、まだ誰も決定打を出していない領域です。インバウンドという追い風がありながら、現場の仕組みは旧来のまま。施設ごとに事情が違い、汎用解では届かない。AI という新しい道具が登場したいま、何ができるのかも手探りの段階です。やるべきことが山積みで、しかもそのどれもが現場の役に立つ——これは、挑戦したい人にとっては願ってもない状況だと、私たちは捉えています。
さらに付け加えるなら、私たちはまだ少数精鋭のスタートアップです。会社そのものを大きくしていくフェーズであり、仕組みや組織が「すでに完成している」わけではありません。ゼロから何かを立ち上げ、再現性のある形に育てていく余地が、いたるところに残っています。経営陣と近い距離で、事業の根幹に関わりながら、未完成だからこそ手触りのある挑戦ができる——その面白さは、整いきった環境では味わいにくいものです。
「市場が大きい」だけでなく「課題が深く、まだ解かれていない」。そして「会社自体がこれから大きくなる」。この三つが重なる場所に、私たちは立っています。
私たちが一緒に挑みたい人
ここまで読んでくださった方に、私たちが率直にお伝えしたいことがあります。AZOO は、完成された大企業の安定したポジションを提供する会社ではありません。むしろ、不確実なことだらけの市場に、少人数で挑んでいる最中の会社です。だからこそ、次のような方と一緒に挑みたいと考えています。
- 大きな市場で、まだ解かれていない深い課題に向き合うことに面白さを感じる人
- 仕組みや組織が未完成であることを、不安ではなく余白として歓迎できる人
- 「世の中の人が楽しく働くこと」に、本気で貢献したいと思える人
- 国籍や職種の違いを越えて、オープンに学び合い、協働できる人
- 再現性のある形で事業や組織を育てた経験、あるいはその意欲を持つ人
エンジニアであれビジネス側であれ、私たちが求めているのは「与えられた役割をこなす人」ではなく、「この領域を一緒に切り拓く仲間」です。観光立国というスケールの大きなテーマを、データと AI という新しい道具で、現場の一施設ずつから変えていく。その地道で、しかし社会的に意味のある仕事に、心を動かされる方がいれば、ぜひ一度お話ししたいと思っています。

